
「うちでは、仕込みはしません。注文が入ったらヨーイドンで調理開始。素材が一番輝いている瞬間を、お客さんにお届けするんです」
桑原伸悦(くわばら・のぶよし)さんの料理には、素材への深いリスペクトが込められています。
それは、厨房から畑に入ったフランスの有名シェフとの出会い、それから出張料理人として世界を飛び回っていたときの感動。そして現在、週に3回野菜を仕入れている東京都あきる野市の農家のおじいちゃん、おばあちゃんの教えを一つも無駄にせず届けること。それが、『HOLIDAY』の料理人の役目です。

「料理人を目指そう」と決めてから、ちょうど20年が経った2016年12月。桑原さんは、大國魂神社の参道でもあるけやき並木道の緑の香りに惹かれて、道の突き当たりに『HOLIDAY』を構えました。
東京の真ん中にある府中は、西側のあきる野市の農家さんまで車で往復できる距離。新鮮な野菜を、新鮮なまま料理に使うことができます。
「HOLIDAYで伝えたいことは、自然の恵みをそのままいただくこと。農家さんの野菜、猟師さんのジビエ肉に真っ直ぐ向き合って、素材の生命力を感じながら目一杯仕事をする楽しさ。“美味しい”から広がる新しい生き方を、お客さんやここで働く人にも感じてもらえたら嬉しいですね」
目次
美しい素材が巡ると、世界が変わる
「冬の野菜には、甘みがぎっしり詰まっています。かぶら大根なんて焼き芋みたいにして食べたいくらい。野菜は料理だけじゃなく、デザートにもしなきゃもったいない。そう思って開発したのが、“聖護院大根のブラマンジェ”です。砂糖は使わず、バニラビーンズで香りをつけています」
聖護院大根のブラマンジェは、プリンのような甘さの中に、大根の持ち味をしっかり感じさせる一皿。一口味わうと、HOLIDAYが大切にしている想いが伝わってきます。
「農家さんによると、野菜の甘みは肥料を調整して作っているそうです。そのほかにも、農家のおじいちゃん、おばあちゃんたちが脳の中に蓄積している経験、知識はものすごくて、これを継承していかなければ昔の日本が失われてしまうという危機感をものすごく感じますよね」
そんな桑原さん、実は世界でも一流路線を走る料理人とも張り合えるほどの腕前ですが、料理の道を志したのはある突拍子もないことがきっかけでした。
「高校時代、勉強に力を入れていたら成績がグングン伸びて、先生から『東京6大学に行け』、そして『料理人とか不安定な仕事には将来就くな』みたいなことを言われたんです。『あれ、人生には何が本当に必要なんだろう?』と考えたとき、大学は必ずしも必要ないと思ったので、受験はやめて単身アメリカに渡りました」
現地の寿司屋で住み込みながら働き、3年が経ってから帰国。日本にある外資系のフレンチレストランに入り、本気で料理人を目指す人たちの中で揉まれるうち、「料理の世界にどんどん魅せられていった」という桑原さん。
そして、フランスのインターンシップ「スタージュ」制度を利用して料理留学をします。多くの人々が有名料理店の賞状をもらうために訪れている中で、桑原さんは「有名なあのシェフに会いたい」という目的を持っていました。
ようやく会えたシェフは、すでに第一線の厨房を退いており、畑の中にいたそうです。
「世界的に有名だったあのシェフは、畑で野菜を愛でていました。それから毎日畑に通ってその様子を見ているうちに、本当に素材に魅せられているんだということが伝わってきて。料理という世界の極致を見た気がしました」
そんな桑原さんが、野菜の美味しさを保つために行っていることは3つ。
「料理人自らが農家さんの元へ集荷に出向き、野菜の性質に合わせた温度、積み方で運搬すること」「一度も冷気に当てず、常温かワインセラーで保存すること」そして、「もいでから3日以内に消費すること」。
さらに、出張料理人として実地で調理していたときの感覚を活かして、
「もっとも新鮮な状態で食べてもらうために、注文が入ってからはじめて素材に包丁を入れています。チェーン店のような提供スピードは不可能ですが、料理はすべて短距離走でお出ししています」とのこと。
「食事とは、人に伝えること。料理とは、生きること」
HOLIDAYという場所を通して、そのことを教えてくれた桑原さん。
最近では、アレルギーや生活習慣病になる人が増えている日本社会の「食」に着目。
農薬等が含まれた飼料が混入しない「自然肉」の良さを普及するため講演会に登壇したり、はたまた地方の資源と働き手を活かした野草茶を開発したり、地元・府中のお祭りにも参加したり。
自ら探求し、動くことをやめない桑原さんの生き方は、軽やかです。
なにか一つ、自分の夢を持っている人
HOLIDAYで働く人たちに、調理や接客の経験は必要ありません。必要なのは、「なにか一つでも夢を持っていること」。
「歌手になる」という夢を持って大阪から上京した福井結那さんは、学校に通いながらHOLIDAYでアルバイトをしています。
「ノブさんは、いつも話し始めると止まらない! でも、仕事への考え方や生き方はすごく腑に落ちることばかりで、全てが勉強になります。仕事中も、動き方とかお客さんへの接し方を観察して、歌やライブにも活かせることがあれば盗んでいます」
そんな福井さんに、桑原さんもたくさんの気づきをもらっているそう。
「夢を持っている人と働いていると、僕自身も刺激を受けるんです。お互い色んな話をして、行き詰まることがあれば本気で相談に乗っています。そこから僕自身も発見があるからです」
アルバイトは日払い制。だからこそ、一日の仕事の時間を有意義に過ごすことができて、働いてお金をいただくことへ実感にもつながります。
「HOLIDAYのまかないは、スタッフの舌を肥えさせることが目的」と語る桑原さん。これまでインスタント食品ばかり食べていた人でも、「自然の素材の味と、コンビニやチェーン店の味は全然違う」と気づいていく人が多いのだとか。
食べることが大好きな福井さんも、「まかないは本当に最高! ジビエ系ははじめてだったけど、“イノシシラーメン”の美味しさには衝撃を受けた」そうです。
人を冒さない、ジビエ自然肉
最後に、桑原さんが普及につとめている「自然肉」について。
「子どもがアレルギー体質で、お肉がダメなんです」というお客さんに、「ウチで扱っている肉は大丈夫ですよ」と答えるという桑原さん。一体、どうしてなのでしょう。
「日本に蔓延しているアレルギー、喘息、アトピーは、家畜の飼料になる輸入トウモロコシなどに含まれている農薬が一因なんです。日本への輸入飼料には、諸外国に比べるとおよそ数十倍もの農薬が法律で許されています。その点、ジビエ料理に使われる動物たちはミミズやクヌギ、カキなどを食べています。生きていたときのストレスは、かたまり肉になっても残るんです」
さらに、自然肉を加工する環境にも着目します。
「肉はいろんなウイルスを持っています。一言にジビエと言っても、適切な精肉過程を経て食卓へ届くものはまだ少ない。飲食店の方々も、猟師さんから直接仕入れることはせずに、ちゃんと許認可を受けた屠殺場を通して仕入れをしてもらいたいですね。自然肉を普及させるためには、安心安全な屠殺場・加工場を増やしていくことも大切です」
HOLIDAYが食を通して伝えたいことは、素材の大切さ、奥深さ、そして自らの力で感じながら働くことの楽しさ。
“美味しい”からはじまる生き方を、ここから感じてみませんか。